学校の『我慢の文化』が不登校と教員不足を生み出している──タツロー校長が語る教育の本質的課題
- 達郎 星野
- 2025年12月28日
- 読了時間: 4分
全国で不登校の子どもたちが35万人を超え、同時に教員不足が深刻化している。一見すると別々の問題に見えるこの2つの課題ですが、実は共通する『根っこ』があることをご存じでしょうか?
不登校オルタナティブスクール『NIJINアカデミー』の校長であり、教育起業家として活動するタツロー校長(星野達郎)は、YouTubeで『学校にいらないものは〇〇です!』というテーマで、この問題の本質を語っています。今回は、その内容をもとに、学校が抱える本質的な課題について深掘りしていきます。
不登校も教員不足も『同じ根っこ』にある
文部科学省の最新調査では、小中学生の不登校児童生徒が過去最多の35万人超に達しています。一方で、全国的に教員のなり手不足が深刻化し、現場では連日、先生たちが限界を超えて働いているのが現状です。
タツロー校長が指摘するのは、これら2つの問題が実は『同じ根っこ』から生まれているということです。表面上は別々の問題に見えるけれど、その裏側には共通する構造があります。それが、学校というシステムに根付いた『我慢の文化』です。
子どもたちが『自分を出せない』学校環境
『子どもたちは「学校に行きたくない」というより、「学校に行くと自分を出せない」って感じているんです』──タツロー校長のこの言葉は、不登校の本質を見事に言い表しています。
学校では、子どもたちが『空気を読む』『周囲に合わせる』『間違えてはいけない』というプレッシャーの中で生活しています。このプレッシャーの中で、子どもたちは少しずつ自分を抑え込み、心が疲れていきます。
同じことは先生たちにも言えます。『休みたい』『言いたいことがある』と思っても、周囲に合わせて無理をしてしまう。こうして学校全体が、『自由に発言しにくい空気』で満たされていくのです。
学校に『いらないもの』は『我慢の文化』
タツロー校長が強く指摘するのは、『学校にいらないもの=我慢の文化』という点です。本来、学校は『個性を伸ばす場所』のはずなのに、現実には『同じようにさせようとする』仕組みになっているのです。
授業中に質問したい子がいても『今は黙って』と制される。先生も『こう教えたほうがいい』と思っても、カリキュラムや上司の目を気にして動けない。こうして学校全体が、『違い』を認めにくい仕組みになっているのです。
結果的に、子どもは心を閉ざし、先生は燃え尽きる。そのどちらも、『我慢の文化』が作り出しているのです。
『我慢を手放す』ことの大切さ
『我慢を手放すって、「わがままになる」ことじゃないんです。自分の気持ちをちゃんと大事にする、ってことなんですよ』──タツロー校長のこの言葉は、多くの親や教育者に新しい視点をもたらします。
不登校の子どもたちに対して、タツロー校長は『休んでいい』『無理して行かなくていい』と伝えます。これは甘やかしではなく、『自分を守る力』を取り戻す第一歩なのです。
先生も同じです。疲れたら休む。助けを求める。そうやって『自分らしい教育』を取り戻すことが、子どもたちにとっても本当の学びにつながるのです。
これからの学びは『自分を大切にできる場』へ
タツロー校長が強調するのは、『まずは、学校以外の学びをもっと認めること。これが一番大事です』という点です。今は、学びの場がどんどん多様化しています。
オンラインフリースクールやホームスクーリング、地域の探究活動など、子どもが自分のペースで、好きなことを探求できる時代が来ています。タツロー校長が運営するNIJINアカデミーもその一つです。『学校が合わない』という子どもたちが、自分のやりたいことに夢中になりながら学べる環境を整えています。
『我慢の文化』から抜け出す勇気を
不登校も教員不足も、誰かが悪いわけではありません。けれど、『我慢しない』選択を少しずつ広げていけば、学校はもっと優しくなります。
『学校を良くするのは、制度でも設備でもなく、「人の意識」なんです』──タツロー校長のこの言葉は、教育改革の本質を指しています。子どもも先生も、『我慢しなくていい』と言える社会へ。その変化の第一歩は、あなたの勇気かもしれません。
学校が合わない、登校がしんどい、そんなお子さんのために、新しい学びの選択肢が広がっています。『自分らしく生きることを肯定される学びの場』を探すことは、決して逃げではなく、自分の人生を大切にする選択なのです。


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